antarctica of planet walker

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ウシュアイアは南極ツアーの拠点である。町のメインどおりにある旅行代理店には、出航直前の船の残席をさばこうとさまざまな会社の船の出向日と値段が告知される。Antarctica_6400px_from_Blue_Marble[1].jpg

ラストミニッツ

南極行きの船は出港の15日前からラストミニッツとなりディスカウントチケットが購入できる。
ウシュアイアの町中に南極ツアーを扱っている旅行代理店は10件ほどあるが、多くは同じ船会社のチケットを同じ値段で販売している。小さい町なので1時間くらい歩けば、現在、売り出されているチケットの値段と出向日が把握できる。
たいていの船の料金は全行程の食事(フルコース)も含まれ防寒具や長靴を貸してくれる船がほとんどだが、事前に確認をすること。船で無料で貸してくれるが、旅行代理店がそれを告げずに有料で貸し出している場合もある。
南極ツアーが行われているのは夏季の11月~3月。ラストミニッツセールを狙った旅行者が結構多いので、売れ残っている席が安く売り出されても、直前には満席になってしまうことも多い。

値段と内容を確認すること

予約をしたら代理店でバウチャーをもらい、船は大抵、午後の出発となる。
費用は安いものでは$2000前後から、高いものでは$10000前後と幅広い。
船の大きさやクラス、食事、部屋など、値段と快適度は比例しているが、定価が高く、ディスカウント率が高いものはハズレが少ないようだ。
巨大なクルーズ船は、上陸しないが、小さい船はゾディアックのゴムボートで1日2回上陸できたりするので、旅行代理店で値段だけでなく内容を比べて確認するとよい。
ドレスコードがない船でも、晩餐では皆、ジャケットを着用していたり、こぎれいな格好をしている。
ツアー代金のほかに250USDの燃料費がかかる。ツアーの最終日に、仮に2週間のツアーだと1日平均$20のチップを支払うよう奨められる。ただ、欧米の客のほとんどは払っているが、アジア系の客は支払わない者が多い。チップは強制ではないが、乗組員のアジア系へのサービスの低下につながりかねない。

ドレーク海峡

片道丸2日間。往復4日ドレーク海峡を越えるのに費やされる。その間船はテーブルのものが落下するほど揺れ続ける。酔い止めを飲んでも部屋に閉じこもると船酔いしやすい。

多くの船がほぼ毎日運行している

Academic Loffe号、Antratica Dream号、Andrea号、Endevour号、Explorer号、Mikheev号、Polar Star号、Rumbo Sur号、Ushuaia号など、多くの会社の船が運航し、ほぼ毎日のように出港している。
予約状況で空席が多ければ、同じ船でも格安でチケットが売り出されたり、残席が少なければ安い船がなくなる年もあるという。
行程は現地の天候によってはコースを変えることもあり、上陸回数など事前の内容通りにならないこともある。

南極に行くには事前に申請が必要

詳しくは環境省地球環境局環境保全対策課

ウシュアイアのATM事情

クレジットカード払いの場合は5%の手数料がかかる。支払いはUSドル払いだが、ペソでも支払いは可能。
だが、市内のHSBCなどATMはあるが、ドルやペソで支払う場合、1日に引き落とせる額が制限されているので、出発までの少ない日にちで必要な現金を用意できない可能性がある。


人類の領域を超えた雪と氷の大地

南極大陸という大地で時間という概念は意味を持つのだろうか。                             

 時間とは人間のみが測り得る空間の経過の尺度である。時空は流転するものであり、その中に存在する全ては絶えず変化し、留まることはない。

 南極の氷の厚さは最も厚い所で4500メートル、平均2450メートルというが、南極の氷が溶けてなくなると、海面が40~70メートル上昇するらしい。2002年5月には、1万2000年の歴史を持つ南極のラーセン棚氷が崩落したが、地球温暖化の影響ではないかと考えられている。

 南極からわずか1000キロメートル。アルゼンチンにある世界最南端の街、ウシュアイアは南極観光のシーズンとなる夏の時期に、南極行きの船が毎日港から出航する。

 私のウシュアイアを訪れた時期はシーズンが始まったばかりで、世界中から富裕層が大挙して押し寄せていた。街の5つ星ホテルやレストラン、高級ブランド店は盛んに賑わい、カジノではポーカーやバカラのテーブルにうずたかくチップが積まれ、黒山の人だかり。

 ここでは世界金融危機や「100年に1度」とも言われる大不況はまったく無縁の出来事のように思える。


船上で振る舞われるシャンパンとカクテル

 現在、南極大陸は、世界33カ国が南極大陸の環境保全を目的とする南極条約議定書に基づき、その保護を推進している。議定書によれば、この地を訪れる人はゴミ1つ捨ててはならず、石ころ1つ持って帰ることはできない。
 日本人が南極に向かう際は議定書に基づき、環境省の地球環境局環境保全対策課に届け出をする必要がある。これを怠ると帰国後に罰則が待っている。

 南極行きの船は、大きな船から小さな船まであり、豪華さやスタッフの人数、大陸への上陸回数なども実に様々である。巨大超豪華船は船内にプールやカジノがあったり、夕食時はドレスコードが求められる。だが、南極大陸には上陸できない。逆に小さい船は機動力があり、乗船する客の人数が限られているため、南極大陸への複数回の上陸が可能だ。

 私が乗船したのはアントラティカ・ドリーム号。パナマ船籍で、チリの国旗が掲げられた赤と白のカラーの小型船だ。小さい船だが、南極に上陸しない大型豪華客船(アルゼンチンから南極を通ってブラジルまで就航)よりも、チケットの価格が3倍も高い。

 値段と内容は比例するようで、この船は他の小型船よりも設備が良く、航海の内容も充実している。キャビン(客室)とレストラン、回廊は飴色のマホガニー材と黄金の輝きを放つ真鍮でラグジュアリーに装飾されている。

 朝食は種類の豊富なビュッフェだが、昼と夜はフルコース。肉、魚、ベジタリアンと好みのオーダーが可能で、昼食、夕食ともにシャンパンとワインが振る舞われる。ホスピタリティーも万全で、78名の乗客に対して、キャプテン、料理人、医者、ガイド兼講師、カメラマン、メカニック等が合わせて60人乗船する。

乗船客は各国の勝ち組

 船には世界22カ国から客が集まり、その約8割は英語を話し、1割強がスペイン語を話す。アジア人ではマレーシア人の銀行家夫婦、そして香港テレビの旅行番組スタッフが乗船していた。

 アルゼンチンのウシュアイア港からビーグル水道をゆっくり進むと、レストランで最初の晩餐が始まった。船長以下、クルーおよびスタッフは全員正装。歓迎のセレモニーが開催され、シャンパンとカクテルが振る舞われる。
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 ドレスコードはないが、皆、ドレスアップしている。やはり、こういう場での平服は非常識のようだ。
 歓迎式典の後、フルコースの食事が用意されていた。当然のことながら、乗客のほぼ全員が社会的成功を手にしている人である。経営者や医者、弁護士、設計士、政府機関で働く人など、経済力豊かな各国の勝ち組が集結したという感じだ。
 彼らは好奇心が旺盛で行動力がある。世界各国、海外はもう行き尽くして、あと行くべき所は南極と月、という人ばかりだ。

「絶叫する60度」を通り抜けて

 晩餐の後、船は右舷、左舷に規則正しく傾きだし、その揺れの傾斜角度は次第に大きくなった。船は穏やかなビーグル水道を抜け、世界で最も荒れる海域の1つと言われるドレーク海峡に入ったようだ。窓の外を見ると波は西の太平洋から東の大西洋に津波のように押し寄せ、南下する船の側面に迫る。
 ドレーク海峡は英国人探検家のフランシス・ドレークにちなんで名づけられた。南米のホーン岬と南極大陸との間にあり、いつも荒れ狂っていることから「絶叫する60度(shrieking sixties)」と呼ばれている(60度は南緯度を指す)。

丸2日の航海で到着した南極のハーフムーン島は、氷雪に覆われたモノトーンの世界。8人乗りのゾディアック(フランス製のボート)は銀色の海面に引き波をたてながら岸辺へと疾走し、岩と石がわずかに覗いている岩浜にゆっくりと横付けされた。

 南緯62度の南シェトランド諸島に入ってから5日間にわたり、ゾディアックは1日2回の合計10回、乗客を南極大陸まで乗せて運んだ。

 南極に行く前は基地や氷山を連想していたが、船で行く南極は最高のリゾートである。そこには異次元とも言える世界が存在する。その魅力は人知を超えた壮大な自然と相対できることにある。

 何十キロにも及ぶ高さ100メートル以上もある氷河の壮観な迫力は、パタゴニアのロスグラシアレスの氷河の比ではない。巨大氷山の海面部分は鮮麗なペパーミントブルー。長い歳月の風雪でかたどられた氷塊の造形は息を飲むほど美しく、おそらくこの地でしか見ることはできないだろう。

 氷山の氷は降って固まったものだが、ここでは数千年前に降った雪というのが至る所にあり、数万年前、数十万年前の氷山がそこかしこに浮かんでいる。

 シャチが悠然と海面の波を切るかと思えば、歓喜を表現しているのだろうか、30メートルの巨大な鯨が空中をダイブし飛沫を上げている。こうした様を見ると、ここは人間の領域ではないと実感するのだ。
 人を警戒しないペンギンやアザラシと呼吸を合わせるように氷原の海岸に佇むと、人間の多情多恨などというのは森羅万象の中では実に微細なものと感じられる。